京都府木津川市、かつて恭仁京があった瓶原を見下ろす三上山中腹に位置する海住山寺。
人里離れた静かな山中の境内には裳階が特徴的な五重塔が聳え、二軀の十一面観音をはじめとする貴重な文化財を多数有します。
海住山寺はこんなところ
寺伝には天平七(735)年に聖武天皇の勅願によって良弁僧正が開基した観音寺を前身とすると記されています。現時点では観音寺についてはその存在を含めて明らかではないものの、境内地からは平安時代に遡れる瓦片が出土しており、古くからこの地に瓦葺の建物が存在していたことを示唆します。
その後、承元二(1208)年に笠置寺に籠居していた解脱上人貞慶が当地に移り住み、海住山寺として旧寺を再興します。後を継いだ覚真は、貞慶の釈迦信仰を受けて五重塔を建立し、貞慶の一周忌に仏舎利を塔内に納めました。
(お寺発行の冊子より)
貞慶:幼くして興福寺に入り、覚憲に師事して研学につとめ、維摩会・景勝会の講師を歴任した南都仏教界随一の学僧
覚真:もと後鳥羽院の院司藤原長房で、貞慶のもとで出家した
海住山寺は例幣の集落から急峻な山道を登った三上山中腹の平坦地に所在し、境内には国宝の五重塔のほかに本堂や文殊堂(重要文化財)、本坊などが立ち並びます。また数多くの文化財を保有し、毎年4月末~5月初旬と10月末~11月末には文化財特別公開が実施され、10月末から11月にかけての約一週間は五重塔の初層が開扉されます。
境内を散策する
急峻な山道を登って境内へ
麓の集落を抜けると、海住山寺へ続く急峻な坂道に至ります。ここから海住山寺までは800mほどですが、徒歩で向かうと少々大変な道のりです。
500mほど坂道を登ると朱色の山門が見えてきます。
シンプルな切妻造の山門をくぐるといよいよ境内へ…とはいきません。この山門から境内までは残り300mほど、あと一息です。
山門の左手には町石と小さな石仏がひっそりと鎮座します。
最後に現れる急な階段を登るといよいよ境内です。
車で上ってくることもできますので、ここまでご覧になって道の険しさに不安になった方もご心配なくお詣りください。
二番目に小さく、四番目に古い五重塔
それでは山門から境内へ入りましょう。
境内の中央に本堂が東面して立ち、その南に五重塔、北前方に文殊堂、文殊堂の背後に本坊がそれぞれ配されます。
文化財特別公開期間中は山門左手の茶所で拝観料を納め、時計回りに五重塔→本堂→文殊堂→本坊の順に拝観します。
五重塔は貞慶の存命中から建造が開始されたと思われ、貞慶の一周忌である建保二(1214)年に竣工しました。海住山寺の五重塔は高さ17.7mと室生寺(奈良県宇陀市)の五重塔に次いで二番目に小さく、鎌倉時代建立の塔として現存唯一のものです。
奈良県宇陀市、三重県との県境にほど近い山中に位置する室生むろう寺じ。古くから山岳修行の場であった境内には数多くの文化財が残されています。室生寺はこんなところ『室生寺縁起』によると、白鳳九(680[…]
海住山寺の五重塔の構造上の特徴として、初層に附された銅板葺の裳階と初層の天井上から立てられた心柱が挙げられます。創建後ほどなくして付け加えられた裳階は一度撤去されたものの、昭和期に実施された修理に際して復元されました。
初層は中央間を板唐戸、両脇を連子窓とし、高欄のない廻り縁が配されています。内部には四天柱が立ち、柱間には四方とも扉が設けられた厨子状の造りとなっており、かつてはここに仏舎利が安置されていました。
落とし金具には蝉があしらわれています。
軒裏は地垂木と飛燕垂木がともに角形の二軒繁垂木となっており、一般的な塔の組物は三手先を定例としますが、この塔は組物を尾垂木二手先とします。
塔は五層とも三間であり、二層目から五層目までは高欄附きの廻り縁が配されています。
二層目の中央間にのみ中備えとして間斗束があしらわれている点も特徴的です。
五重塔の背後には江戸時代に再建された鎮守の天満宮・春日社・稲荷社が立ち並びます。
二軀の十一面観音
本堂は明治十七(1884)年の再建ですが、この時期に再建された寺社建築は珍しいのではないでしょうか。
内陣中央の厨子内にご本尊がお祀りされ、文化財特別公開期間中は奥院ご本尊の十一面観音や四天王をはじめとする文化財を拝観することが可能です。
- 十一面観音菩薩立像(ご本尊)
木造(榧)彩色、一木造、像高167.9cm、平安時代中期(十世紀)、重要文化財
ご本尊は等身大の一木造の像で、頭上面や左手肘先、右手首先を除いて台座までを洞や節のある榧の一材から彫り出し、内刳を施さないなどきわめて古様をあらわします。平安時代中期十世紀、十世紀の造像とみられますが、創建期本尊の再興像である可能性も指摘されています。
左手に水瓶を持ち、中指と薬指を軽く折り曲げた右手を下へと垂らし、僅かに前傾姿勢をとります。大きめの頭部や頭部や張り出した肩、身に纏う霊気は重厚な印象を与えますが、その一方で鼻筋や唇の造型からは柔らかで女性的な印象も感じます。
- 十一面観音菩薩立像(奥院ご本尊)
木造(榧)素地、一木造、像高45.5cm、平安時代初期(九世紀)、重要文化財
奥院ご本尊の十一面観音は表面に彩色を施さない「檀像」であり、頭上面のうち下段の七面や左手肘先、天衣遊離部などを別材とするほかは榧の一材から彫成し、かつては台座蓮肉に至るまで共材から彫り出されていました。
貞慶の念持仏と伝わり、柔らかでありながら抑揚に富んだ体躯と腰を少し左に捻り、腹部を前方に突き出した流れるような動きの表現が非常に魅力的です。着衣の特徴として、脛辺りの翻波式衣紋や肩からたすき掛けした条帛が左胸前で結び目を作る点や足首が見える短めの裳裾などが挙げられます。
- 四天王立像
木造(檜)彩色・玉眼、割矧造、像高35.8~38.3cm、鎌倉時代(十三世紀)、重要文化財
四天王像は、持国・増長・広目・多聞天の順に身体色を緑・赤・白・青とする大仏殿様四天王(鎌倉再建期の東大寺大仏殿に安置された四天王)で、彩色が非常に良好な状態で残ります。像の彩色と五重塔内の装飾文様の共通性から、当初は五重塔に安置されていた可能性が指摘されています。
本堂ではほかにも下記のような文化財を拝観することができました。
- 薬師如来坐像
木造漆箔、像高86.6cm、平安時代 - 不動明王立像
木造彩色・截金、割矧造、像高97.6cm、平安時代(十二世紀) - 不動明王坐像
木造古色、割矧造、像高32.5cm、鎌倉時代(十二世紀) - 六牙像
木造(檜)彩色、寄木造、像高54.6cm・全長110.6cm、鎌倉時代
優美な造りの文殊堂
現在は文殊堂ですが、元は貞慶の十三回忌に向けて建立された経蔵にあたると考えられています。一般に経蔵には文殊菩薩がご本尊としてお祀りされることが多いですが、このお堂は経蔵の機能を失った後にご本尊をそのままに文殊堂としたようです。
文殊堂は桁行三間・梁間二間、銅板葺、寄棟造の建物で、正面中央間を板扉、その両脇間を連子窓とし、背面中央に板戸を備えるほかは塗壁となっています。
軒裏は垂木が角形の一軒繫垂木とし、組物は平三斗、中備えとして優美な蟇股があしらわれています。
内部には経を納めるための棚はなく、のちに設けられた置き仏壇にご本尊の文殊菩薩がお祀りされています。普段は扉が閉められていますが、文化財特別公開期間中のみ開扉され拝観することが可能です。
- 文殊菩薩騎獅像
木造漆箔、像高29.0cm・総高約85cm、平安時代(十二世紀)
元仁二(1225)年の貞慶上人十三回忌にともなう追善願文によると、経蔵には五千巻の一切経とともに文殊菩薩が安置され、この文殊菩薩は新たに造立されたものではなく、「既往之旧像」に修理を加えたものと記されています。本像は三角形の輪郭を持つ垂髻の形式や浅い衣文、抑揚が控えめな体部の肉取りから十二世紀の造立と推定されされますが、願文に見られる「旧像」にあたる可能性もあります。
また、文殊堂にはほかにも下記のような仏さまが安置されています。
- 役行者椅像 及前鬼・後鬼像
木造(松)彩色・玉眼(役行者・前鬼)、一木造、像高(役行者像)83.8cm・(前鬼像)37.4cm・(後鬼像)40.2cm、元徳二(1330)年、院延作 - 地蔵菩薩坐像
木造(檜)彩色・截金、寄木造、像高42.7cm、鎌倉時代(十三世紀)
美しい本坊庭園
本坊内には文化財特別公開期間中と11月の土日祝日のみ立ち入ることが可能です。
本坊では扁額や銅鐘、襖絵といった文化財を拝観することができますが、最大の見どころは美しい庭園です。
背後の山を借景にした本坊庭園。この日はまだ紅葉が色づき始めたところでしたが、11月中旬から下旬にかけては見事な紅葉が楽しめそうです。
拝観順路の都合上裏口から本坊へ入り、表門から帰ることになります。
最後に白壁と色づき始めた木々が調和した趣深い景観を楽しむことができました。
まとめ
五重塔や文殊堂などの建造物や二軀の十一面観音をはじめとする仏像など数多くの文化財を有する海住山寺。人里離れた風光明媚な境内ではゆったりとした時間を過ごすことができます。秘仏のご開帳と五重塔の開扉が実施される10月下旬~11月上旬にお詣りされるのがおすすめです。
公共交通機関でお越しの場合は、「加茂駅」から奈良交通バス「和束町小杉」行きで「岡崎」下車、徒歩30分ほどです(木津川市コミュニティバス奥畑線を利用することも可能ですが、本数が少なく土日祝日は運休です)。前述の通り急坂を登ることになるため、脚力に不安のある方や荒天時などは自家用車もしくは加茂駅からタクシーのご利用をご検討ください。お車でお越しの方は、細い急坂を登ることになるため充分にご注意ください。
基本情報
- 正式名称
補陀落山海住山寺 - 所在地
京都府木津川市加茂町例幣海住山境外20 - 宗派
真言宗智山派 - アクセス
- JR関西本線「加茂駅」から奈良交通バス「和束町小杉」行きで「岡崎」下車、徒歩約30分
- JR関西本線「加茂駅」から木津川市コミュニティバス「奥畑線」で「海住山寺口」下車、約徒歩25分
(土日祝日運休、平日も本数が少ないためご注意ください)
- 駐車場
約15台/無料 - 拝観時間
9時~16時30分 - 拝観料
種別 拝観料 備考 本堂拝観料 500円 入山料を含む 文化財特別公開期間中 800円 入山料を含む ハイキング・写真撮影・散策等 100円 文化財特別公開期間中は300円 - 御朱印
可/本堂にて - 所要時間
約30分
参考
お寺発行のパンフレット・冊子
京都南山城古寺の会. 2014.『京都南山城の仏たち 古寺巡礼』
奈良国立博物館. 2018.『なら仏像館 名品図録』奈良国立博物館
奈良国立博物館. 2023.『特別展 聖地南山城 展覧会図録』奈良国立博物館
海住山寺ホームページ 最終アクセス2024年7月14日