奈良県大和郡山市、矢田丘陵の中腹に位置する松尾寺。
日々多くの参拝客が御祈祷に訪れる日本最古の厄除け霊場であり、元来の武神の姿をした大黒天や日本唯一の舎人親王像がお祀りされています。
松尾寺はこんなところ
養老二年(718)、当時42歳の厄年であった舎人親王が日本書紀の完成と厄除を祈願して建立しました。また、古代から山岳修行など各種修行の場でもありました。
周囲に民家一つない松尾山の中腹に所在し、霊場にふさわしい静謐な空間になっています。境内には本堂と三重塔を中心にお堂が立ち並び、貴重な文化財を多数有します。また時期によっては美しいバラやカサブランカを見ることができ、小学生を対象とした修行体験「一休さん」も有名です。本尊千手観音は秘仏であり、毎年11月3日のみ特別に開扉されます。
お寺の方に本堂と七福神堂を案内して頂けたので、その際にお聞きした話も交えながら紹介します。
境内
境内は以下の通りです。
108段の石段を登って境内へ
北惣門から石段を登って境内へ。石段は108段ありますが、段差が低く勾配もなだらか。
石段の途中にある閼伽井屋。
不老長生の香水と伝わる霊泉松尾水は、厄除け観音にもお供えされます。
石段を登りきると、堂々たる佇まいの本堂がすぐそこに。
新和様の本堂
建武4年(1337)に再建された本瓦葺入母屋造の本堂は、桁行五間・梁間五間で、一間の向拝(本堂前面の張り出した部分)が附されています。一見シンプルなお堂ですが、新和様と呼ばれる様式が用いられているのが特徴です。新和様とは、和様を基調としつつも一部大仏様を取り入れた折衷様のことで、三枚目の写真の桟唐戸などが大仏様の意匠になります。
本堂に安置されている仏像は以下の通りです。
- 千手観音立像
木造(檜)素地、寄木造、像高177.3cm、鎌倉時代、県指定文化財 - 舎人親王像
木造彩色、像高約45cm - 千手観音像トルソー
木造、188cm、奈良時代
内部は内外陣を区切った密教式となっていて、中央須弥壇上の厨子内に本尊、後陣にその他の仏像が安置されています。
舎人親王像は非常に堂々とした居様で威厳を感じ、張り出した袖口が印象的。本像が日本唯一の舎人親王像だそうです。
トルソーとはイタリア語で「(手足のない)胴体」を表します。本堂修理の際に現本尊の裏から発見され、創建時の旧本尊の残闕と推定されています。全身黒焦げで頭部と手が失われていますが、その形からはかつての優美な姿が想起されます。
境内の中ほどには、鉢植えのカサブランカがたくさん並べられています。開花時期は6月下旬頃だそうで、見頃は7月初頭でしょうか。
本堂背後の大岩と護摩壇。
梵鐘は「厄除けの鐘」といい、帰る際に厄除けの願いを込めて一度撞いてくださいとのことでした。
武神の姿をした大黒天像
七福神堂に安置されている仏像は以下の通りです。
- 大黒天立像
木造彩色、寄木造、像高98.8cm、鎌倉時代、重要文化財 - 木造大日如来坐像 2軀
- 木造七福神像(恵比寿・毘沙門天・弁財天・福禄寿・寿老人・布袋)
恰幅のいい体型に柔和な表情をした福の神という印象が強い大黒天ですが、松尾寺の大黒天像は元来の武神を表したもの。頭巾を被り袋を背負う点は共通ですが、体躯は細身で眉を吊り上げた非常に凛々しい表情をしています。
インドでは厨房を司る神として大黒天は台所に祀られるそうで、大黒柱は民家の中心にある台所(=大黒天が祀られる場所)に立てられることに由来するとお寺の方にご教示いただきました。
元来一具として制作されたわけではないため、七福神はそれぞれ意匠が異なります。また大黒天の脇に安置されている金剛界・胎蔵界の両大日如来像は脇侍というわけではなく、単にスペースの問題でここに祀られているそう。
大きな役行者像
行者堂は、修験道まつり期間中の9月1日~7日のみ開扉されます。
安置されている仏像は以下の通りです。
- 役行者椅像 附前鬼像・後鬼像
木造(杉)彩色、寄木造、像高約130cm、室町時代、市指定文化財 - 不動明王坐像
木造彩色、像高約30cm - 母公坐像
木造彩色、像高約50cm
穏やかな表情で全体的に親しみやすい雰囲気の役行者像ですが、(役行者像としては)非常に大きくその迫力はなかなかのもの。躍動感のある前鬼・後鬼を従え、磐座には「葛城七大童子」が配されるなどにぎやかな出来になっているのが特徴です。
母公像とは役行者の母のお姿で、名前を渡都岐比売あるいは白専女といいます。
高台に聳える三重塔
当初の塔は承和二年(835)に創建されたと伝わりますが、鎌倉時代に焼失しました。
1888年に建立された現在の塔は、江戸時代に再建された際の旧材も使用されています。総高約15mで、後水尾天皇の持仏であった如意輪観世音菩薩が祀られています。
三重塔脇には、舎人親王の毛骨が納められたといわれる鎌倉時代の石造十三重塔があります。
松尾山神社
三重塔から徒歩5分ほどのところにある松尾山神社。拝殿の裏側には、松尾大明神・清滝権現・牛頭天王を祀った春日造桧皮葺の三社殿が並びます。この辺りからは奈良時代の鎧瓦が出土していて、元観音堂跡だそうです。
その他の文化財
最後に、松尾寺が所蔵するその他の文化財を紹介します。
- 十一面観音立像(奈良国立博物館寄託)
木造(桜)漆箔、一木造、像高110.6cm、平安時代後期 - 絹本著色釈迦八大菩薩像(奈良国立博物館寄託)
高麗時代 - 絹本著色阿弥陀聖聚来迎図(奈良国立博物館寄託)
鎌倉時代
(以上重要文化財) - 金銅金具装山伏笈(奈良国立博物館寄託)
県指定文化財 - 十一面観音立像(宝蔵殿安置)
木造(檜)素地、寄木造、像高43cm、室町時代、市指定文化財
穏やかな表情にすらりとした体躯の十一面観音(重要文化財)は、右膝を軽く曲げ腰を左に少し捻るなど自然な表現が魅力的な像になっています。常設展示ではありませんので、公開の有無は奈良国立博物館名品展の展示案内をご参照ください。名品展は年4回展示替えが実施されているため、ご覧になりたい収蔵品がある場合はこまめにチェックされるのがおすすめです!
まとめ
日本最古の厄除け霊場であり、修行の場でもある松尾寺。僕はまだ千手観音を拝したことがないので、次回は11月3日にお詣りしたいと思います。
公共交通機関でお越しの場合は、「近鉄郡山駅」または「JR大和小泉駅」から奈良交通バスをご利用ください。最寄りのバス停「山田町」からは徒歩25分ほどですが、山田町に停車する「奈良学園行き」は閉校日運休となっています。運休日は近鉄郡山駅とJR大和小泉駅を結ぶバスで「松尾寺口」で下車、お寺まで35分ほど歩くことになります。お寺までの道路は舗装されていますが、かなりの急坂となっていますのでそれなりの覚悟が必要です…
自動車でお越しの場合は、門前の駐車場をご利用ください。
また矢田丘陵はハイキングコースが整備されていますので、同じく矢田丘陵に位置する矢田寺・東明寺や斑鳩の諸寺を併せてお詣りされるのもおすすめです!
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基本情報
- 正式名称
松尾山松尾寺 - 所在地
奈良県大和郡山市山田町683 - 宗派
真言宗醍醐派 - アクセス
- 近鉄橿原線「近鉄郡山駅」から奈良交通71・72系統「大和小泉駅東口行き」で「松尾寺口」下車、徒歩約35分
- JR関西本線「大和小泉駅」から奈良交通71・72系統「近鉄郡山行き」で「松尾寺口」下車、徒歩約35分
- 近鉄橿原線「近鉄郡山駅」から奈良交通24系統「奈良学園行き」(閉校日運休)で「山田町」下車、徒歩約22分
- 駐車場
門前にあり/約100台/無料 - 拝観時間
9時~16時 - 拝観料
お堂 拝観料 期間 備考 本堂 500円 4月1日~12月25日 本尊特別開扉は11月3日 七福神堂 300円 毎日 行者堂 300円 9月1日~7日 - 御朱印
可/本坊にて - 所要時間
約40分
参考
お寺発行のパンフレット
奈良国立博物館. 2018.『なら仏像館 名品図録』奈良国立博物館
松尾寺ホームページ 最終アクセス2022年7月19日
大和郡山市ホームページ 最終アクセス2022年7月21日