


奈良県奈良市、ならまちの一角に位置する崇道天皇社(すどうてんのうしゃ)。
春日若宮社の旧社殿を移築した本殿を詳しくご紹介します!
崇道天皇社はこんなところ
崇道天皇社はならまちの南端にあたる西紀寺町に位置し、薬師堂町の御霊神社と共に「南都二大御霊社」として知られています。当社の御祭神は早良親王であり、その創建にも早良親王が深く関係しています。
早良親王は出家し東大寺や大安寺で修行を重ねていましたが、兄桓武天皇が即位した折に父光仁天皇の勧めにより還俗し皇太弟となりました。桓武天皇は藤原種継を造長岡宮使に任命し、長岡京へ遷都しますが、遷都後まもなくして種継が射殺されてしまいます。実行犯の捕縛・処刑、遷都反対派であった大伴・佐伯両氏を中心に多くの人物が斬首・流罪に処されただけではなく、詮議は早良親王にまで及びました。親王は無実を主張したものの許されず、淡路島への配流の途上で憤死し、遺骸は淡路島に埋葬されました。
しかし、早良親王の死後に安殿皇太子の発病や桓武天皇妃の病死、疫病の流行など凶事が相次ぎ、それらは親王の祟りであると囁かれます。桓武天皇は延暦十七(798)年に親王の御骨を大和国八島陵に手厚く葬り、延暦十九(800)年には追尊の儀を執り行うことで親王を崇道天皇と追称しました。
その後、安殿皇太子が平城天皇として即位し、大同元(806)年に崇道天皇社を創建し、崇道天皇の霊をお祀りしました。
(現地案内板・崇道天皇社ホームページより)

春日大社の旧社殿

境内は東西に細長く、拝殿・本殿まで40mほど石畳の参道が続きます。

参道の中ほどには薬医門が設けられており、開門時間は7:30~16:30です。

境内の最奥部に本殿と拝殿が南面して立ち、その周囲に社務所やいくつかの摂社を配します。

コンパクトな境内はよく手入れされており、町の中でありながら静かで凛とした雰囲気が漂います。

本殿は瑞垣で囲まれており、拝殿越しの拝観となります。

本殿は一間社春日造、屋根は檜皮葺であり、御祭神は崇道天皇です。

本殿は春日若宮社の式年造替に伴ってその旧殿が移築されたものであり、元和九(1623)年11月4日と記された棟札が残されています。現在地へ移築されて以降も天保十二(1841)年と明治三十三(1900)年、大正四(1915)年に修理を受けたことが棟札よりわかります。

2021年に隣接する工場の火災の延焼により檜皮葺屋根の一部が焼損しましたが、現在は修復が完了しご覧のように美しい姿を取り戻しています。
まとめ
御霊神社とともに南都二大御霊社に数えられ、貴重な春日大社の旧社殿を有する崇道天皇社。また、通常の御朱印にくわえて月替わりの御朱印、御霊神社との南都二大御霊社コラボ御朱印などバラエティ豊かな御朱印も崇道天皇社の魅力のひとつ。御朱印を集めている方はぜひチェックしてみてください!
最寄り駅の「京終駅」からは徒歩10分ほどです。バスをご利用の場合は、「近鉄奈良駅/JR奈良駅」から「市内循環外回り」で「紀寺町」下車、徒歩すぐです。なお、崇道天皇社には駐車場がありませんので、お車でお越しの方は隣接するコインパーキングをご利用ください。

基本情報
- 正式名称
崇道天皇社 - 所在地
奈良県奈良市西紀寺町40 - 指定文化財
重要文化財(本殿) - アクセス
- JR桜井線「京終駅」より徒歩約10分
- JR関西本線「奈良駅」・近鉄奈良線「近鉄奈良駅」から奈良交通バス「市内循環外回り」で「紀寺町」下車、徒歩すぐ
- 拝観時間
区分 時間 開門時間 7:00~16:30 社務所受付 9:00~16:30 - 御朱印
可/社務所にて - 所要時間
約10分
参考
崇道天皇社公式ホームページ 最終アクセス2025年7月19日
奈良市観光協会公式ホームページ 最終アクセス2025年7月19日